すべてはこの日からはじまった。
はじめて経験する急な上り坂。はじめての疲労感。そして、頂上から見るはじめての絶景。
人生ではじめて登山をした日。その日、私は、山に恋をした……。
…………。
こーゆー始まり方がよかったんだけどね。私の登山人生。
恋なんてしてません。むしろ真逆で、「二度と山になんて登るかコノヤロー」って思って怒りさえ湧いたのを今でも覚えてます。
なぜ人生はじめての登山で「コノヤロー」となったのか。
それはずばり、「部屋とワイシャツと私」です。
あ、間違った。「無知とバッシュと綿100%」です。
なんのこっちゃ、って感じですが、私の初登山を一言で表すとこうなります。
【鳥海山】はじめての登山!壮絶な1日を振り返る
私が初めて山に登ったのは、今から10年以上も前の自称”イケイケな若いねーちゃん”だった時です。
10代の頃にスノーボードをはじめ、山の上の会社に勤めていたこともあり常に山に身をおく日常ではありましたが、登山をしたことはなかったし興味もありませんでした。
しかし。スノーボードにどっぷりハマっていくにつれ山関係の知り合いが増え、そうなるとがんがん山に登っている人たちとも繋がりが生まれるわけです。
それで、軽い気持ちで思いました。「登ってみっかな」と。
そんなとき、たまたま山の大先輩方からお声がけ頂いて、私はなんの予備知識も調べず、「登山ってただ山登っておりてくるだけっしょー」と高をくくり、完全に山をなめた状態で当日の待ちあわせ場所に向かったのでした。
メッシュキャップに、当時やってたバスケの練習着(綿100%)&古くなったバッシュのバスケットマンスタイルでね。
あのときのみんなの不安そうな顔を思い出すと、本当にごめんなさいって今でも思います。今の私なら確実に「そんなんで登れるかっ」って言ってると思う。
しかし、山の大先輩方はあたしを連れていってくれました。きっと、身をもって知りやがれこのアンポンタン、ぐらい思っていたことでしょう。
私からすると、事前にもっと詳しく教えやがれこの冷酷非道野郎!ぐらい思ってたけれど、その私にむかって「何言ってんだバカヤロウ!」と言いたいです。
山は自己責任。登山とはどういうものか、何が必要か事前に調べなかった私が完全に悪い。
まぁ、そんなこんなで向かいました。
出羽富士と呼ばれる東北の名峰、鳥海山に。(こんな格好で登れるかーーーーーー!)
無知を武器に綿100%で登る!
鉾立駐車場に車を停めて、象潟口コースを登ります。どんな道なんだろう……とドキドキしていたら、なんとコンクリートの道。
え、楽勝じゃん!と思いました。なんたって無知の塊ですから。
この象潟口コース、序盤に観光客でもいける展望台があってそこまでが舗装路になっています(展望台からは滝が見れます)。
こんなことも知らずに無知の塊はさらに余裕ぶっこきます。さくさく歩きます。舗装路が終わってやっと登山道らしい道になっても怯むことなく登ります。「うっわー、山登ってるぅー」とへんな優越感に浸ります。
これ、登山初心者あるあるですからね。
よくわかんないから、体力あるうちはとにかくごきげんで登りがち。
なので、木の根だらけの道も、ランダムな石段も、大股でぐいぐい登ってしまいます。
先輩方に「その登り方は疲れるから小さく歩け」と言われるけれど、その小さくってのがよくわからん。
気持ちは小さく歩いてるつもりでも、結局、体力にまかせて登ってしまいます。
まぁ、すぐにバテはじめるよね。
でも私には意地がありました。子供の頃、持久走が結構速かったという意地が。バスケは万年補欠だったけど、持久走は速かったという意地が……!
過去の栄光ってやつです。それにすがって登り続けます。
なんとか登り続けて、とある小屋に到着しました。御浜小屋です。ここで小休憩をとりました。最初まじでここが頂上かと思ったもんだから「なんだ、やっぱり楽勝じゃん」って笑顔でした。
はるか向こうの頂きを見るまではね。
え……山頂めっちゃ遠いじゃん……。
この瞬間、一気に余裕がなくなりました。しかも、このときの休憩で私は一つ目の失敗に気づくことになります。
このとき、とにかく寒かったんです。休憩したことによって一気に体が冷えたから。大量にかいた汗が、体の熱をどんどん奪っていったから。
なんたって、着てるTシャツが綿100%だからね。
子供の頃よく親に言われました。綿100%は汗を吸ってくれるからいいのよ、と。
お肌が痒くなっちゃうから、汗を吸ってくれる綿100%がいいのよ、と。
ぜんっぜんよくないやんけ!寒すぎて死ぬっつーの!!
続きはまた次回!