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【山での読書】なぜか山の上で本読みたくなるよね、って話。

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山小屋に置いてある本や雑誌って下界の本屋で見るより100倍かっこよく見える。

ボロくて、折れ曲がってて、茶色く変色してて変な臭いがする本。普段ならちょっと嫌だ。

それなのに、山の上だととってもお洒落でイカしてるアイテムに思える。それを手にとってページをめくる自分を想像すると……なんだかかっこよすぎて気恥ずかしい。

それでも。山の上ではなぜか本を読みたくなる。

本を読むということ

本を読んでる時間=自分と向き合ってる時間、だと思います。

本を読みながら自分の心と対話しているというか。

一言、一文、ページをめくる度。心が反応して自分と対話をはじめる。自分と対話をしながらゆっくりと心を解放していく。そんな感じ。

だからこそ、自分がゆっくり落ち着ける場所で読む人がほとんどじゃないかな。自宅で。カフェとか図書館で。または図書館でかりて近くの公園で。

そういう場所が確保できなければ朝の通勤途中の電車内とか、仕事の休憩中とか。家事の合間のタイミングとか。無理して夜更かしするベッドの上とか。

どうにかして読書の時間を持ちたいのもまた、「自分と向き合いたい」という心の表れだったりすると思います。

読書=現実逃避、という人もいます。

本の世界にどっぷり使って現実を忘れるために本を読んでます!って人、たくさんいると思う。

ただ、ものは考えようです。私的にはちょっと違うんだな〜。

逃避するのは現実からであって自分からじゃない。本を読むのも、その中の世界にどっぷりつかるのも、そこでなにかを感じるのも全部自分。

他の誰でも何でもない自分からは逃げたくっても逃げれない。

なので本を読むということは、突き詰めれば自分と向き合う行為だと私は思ってます。

そしてこれ、登山も同じだと思うんです。

山に登るということ

登山でも「現実逃避するために山に登る」とよく耳にします。

私もそう思います。山が好きというより現実逃避したいから山に行く、って人もたくさんいると思う。

汗かいて登って、気持ちのいい風に吹かれて、素晴らしい景色を見て、自分の足で登頂した達成感に浸る。これらすべてが自分を現実から引き離してくれるから、何度も何度も山に登りにいく。

でもね。現実逃避したくて登って「ハイ終わりー!」とはいかない。登山なもんで、登ったら下らなきゃならないんだよね。絶対に戻らざるを得ないんですよ、現実に(そうじゃないと遭難事故発生と思われるよ!)。

現実から逃避するのも戻るのも自分の足。自分からは逃げたくっても逃げられない。

読書と登山、どちらも自分からは逃げれない。現実逃避とは言っても、それが自分と向き合ってないことにはならないと私は思います。

そしてこれが、山の上で本を読みたくなる理由に繋がるとも思ってます。

山の上で本を読みたくなる理由

山に登ると五感が爆発します。

味覚嗅覚聴覚視覚触覚すべての毛穴がおっぴろげになる感じ。

この現象は普段の日常生活ではなかなか発生しない。ただバタバタと過ぎる日々で発生するのは五感の爆発じゃなくてネガティブな感情の爆発だったりする。

しかし山では発生する。特別なことはなにもしなくても山に登るだけで五感の毛穴がひらいていきます。

体を動かす爽快感や自然の匂い、気持ちのいい風、そこで食べるカップラーメンの尋常じゃない美味さ。こんなこと一つ一つがどんどん毛穴をひらいていきます。そして、やがてボーン!と爆発。

爆発するとどうなるか。

凝り固まった心が解放されて、いろんなことがどうでもよくなっていきます。

「昨日の上司にはムカついたな」

「彼氏と別れて辛いな」

「家族と大喧嘩したから気分が悪いな」

「なんだか最近息がつまる思いだったな」

こんなこと考えて悶々としてたのが嘘みたいに消えて、心にたくさんのスペースが生まれます。心は空いたスペースを埋めようと、何かを取り入れるべく敏感になります。

……ここ!ここです!私が1番言いたかったのは!前フリ長くてすんません!

私が今日何が言いたかったかって言うと、人はこの空いたスペースに自分との対話を入れたくなるから山の上で本読みたくなるんじゃないって話!!

……ちょっと強引すぎるだろうか。笑

心がいい状態のときに自分と向き合いたい、対話したいと誰もが思うはず。それが山の上、五感が爆発して心が敏感になってスペースにも余裕がある時がベストだと、登山をしたことがある人は細胞レベルで感じてるんじゃないか、なんて思うわけです。

山小屋に並ぶ本には登山者のドラマが刻まれている

私はいずれテント泊で縦走登山をしたいと思ってます。その時のお供に、気分にあわせた文庫の小説やビジネス書を持参するつもりです。

しかし、味があるのはやっぱり山小屋に並ぶ本

本棚が並んでいたり読書コーナがあったりと、山小屋によって規模も冊数も違う”山の上の本”が存在します。

たくさんの人が手にとったんだろう、本の表紙は擦れ、ページの角が折れ曲り、色は茶色くくすんで少し変な臭いもする。

これ、ものすごくロマンを感じません?たくさんの人が山の上で自分と向き合った時間を全て受け止めた本たちってことだよ。

何十年も仕事をしてきた職人さんのゴワゴワした手、みたいな。

たくさんの人が現実逃避して、もがいて、自分と向き合ってきたドラマがそこにあるって思うとすごくロマンを感じます。だから山小屋に置いてある本や雑誌って下界の本屋で見るより100倍かっこよく見えるんだろうな、とも。

人生いろいろあるけれど、それでも日々精進していこうと思っていて。それは山小屋の本をめくる自分が少しでも様になるように、少しでも味のあるドラマを刻めるように、なんてことも考えてるただの自己満だったりもします。笑

でも新品の本だってもちろん好き。新しい本の匂いや手触りにはワクワクとドキドキが溢れてて、本屋でレジに持って行くときは毎回気分がアガる。

でも山の上にそれは似合わない。やっぱり、ボロくて折れ曲がって変色してなくちゃ。

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